■播隆上人(ばんりゅうしょうにん)
文政4年高原郷に入り、村人らとともに標高2,898mの笠ヶ岳を再興した。その後、文政11年7月、播隆は47歳のとき死を覚悟して槍ヶ岳に挑み、未踏の山頂にたどり着き、山岳史に貴重な足跡を残しました。 当時、飛騨と信州を最短コースで結ぶ、中尾から焼岳を越えて上高地、松本に抜ける飛州新道が着工されていました。播隆の槍ヶ岳開山にはこの新道が使われ、その後、大岸壁に鉄鎖をかけ人々の登山を容易にしたのです。その偉業をたたえ村上神社(村上)境内に播隆塔を建立し、毎年5月11日には新平湯温泉・尾ノ上園地で播隆祭が執り行われています。現在、「ふるさと歴史館」に関係資料が展示されています。
■本郷村善九郎(ほんごうむらぜんくろう)
安永年間の検地増石に反対し、これが原因となって農民一揆(大原騒動)が起こりました。安永大原騒動は、飛騨農民7万人にとって、生死をかけた大騒動でした。中でも本郷村善九郎は、年わずかに18歳、この騒動の真っただ中に飛び込み、命をかけてこの窮を救おうとした快男児でした。
今年4月にオープンした「ふるさと歴史館」(本郷)で、善九郎の苦難と戦いの生涯を描いた村製作の映画「莟(つぼ)みし花」が常時上映されています。
画像:安永3年12月1日(処刑5日前)、獄中から妻かよに送った善九郎の遺言状とその解説 画像クリック⇒拡大
■円空(えんくう)
現在、町内には大小役150体の円空像と書(軸)5幅が保存されているが、なかでも金木戸の十一面観音は、町内での傑作として各地の展覧会等にもたびたび公開されています。また、今上皇帝像(東山天皇)は、ドイツ・ベルリンへ出品されたことがあります。現在、「ふるさと歴史館」に関係資料が展示されています。
■篠原無然(しのはら ぶぜん)
大正3年、上宝の学校に奉職。当村で教職のかたわら、青年会、婦人会などの指導に当たる一方、観光開発、登山道の改修、社会教育に尽力しました。「平湯の父」というべき篠原無然の遺徳をしのんで平湯民族館に『篠原無然記念館』を併設して、無然ゆかりの貴重な資料が展示されています。
■絵 馬(え ま)
古くより飛騨地方に伝わる縁起物で、戦国時代にこの地を治めていた江馬(えま)氏に起源を発し、絵馬のかしらを家の中に向けて玄関に貼り、家内安全、無病息災、商売繁盛、交通安全などのお札とするもので、奥飛騨をはじめ飛騨各地で絵馬市が開かれます。
■へんべとり(村指定重要無形文化財・福地)
古くから福地に伝わる毒ヘビ伝説をもとに、獅子がお囃子に合わせてへんべ(ヘビ)をくわえて舞う獅子舞です。今からおよそ千年前、この地には田畑を荒らすなど村人を苦しめる毒ヘビがいました。温泉療養中だった村上天皇がこれを見かねて、笛や太鼓や踊りでヘビをなだめると、暴れるのをピタリとやめ、村に平和がもどったと伝えられています。
獅子がユーモラスに遊んでいると、突然ヘビを見つけ、それまでのゆっくりとしたテンポから攻撃的な舞に変化、そこがクライマックスです。最後にヘビをくわえてほこらしげに見せて回ります。
■鶏 芸(とりげい:県指定重要無形文化財・一重ヶ根)
毎年5月10日の村上神社(村上)、9月30日の神明神社(一重ヶ根)の例祭に奉納されます。異色の伝統芸能で、頭にシャガマという羽根かざりのついた冠をかぶり、龍や鳳凰の模様を染め抜いた衣装を着け、手に持った鉦を打ち鳴らして踊ります。
■寶(たから)太鼓(一重ヶ根)
鶏芸やへんべとりなどとともに古くから伝えられている伝統の太鼓です。いで湯まつりなどのアトラクションとして奥飛騨温泉郷の名物となっています。その勇壮な響きは、北アルプスの山々にこだまします。
■湯の花まつり(平湯)
毎年5月15日に行われます。大釜に平湯の温泉を注ぎ、ぐらぐらと煮えたぎった湯を参拝者に振りかけます。この湯がかかると無病息災でいられると言い伝えがあります。
■桂本神社(在家)
この神社は、郷主江馬氏の尊崇はことのほか厚かったことにあり、一時は旧高原郷中の総社でした。祭神は江馬氏の祖、葛原親王を祀ってあります。社有の宝物も多く、神像4体、金太鼓、神輿、狛犬等が文化財に指定されています。また、参道には、樹齢300年あまりの杉大木の並木は壮観なものがあります。例祭は毎年5月3日に執行され、神輿の神渡しは見所です。昭和29年4月に金幣社に。
■桂峯寺(長倉)
飛騨では少ない臨済宗のお寺です。百観音が有名で遠方からはるばる拝観に訪れる方もいます。そのほか、国指定重要文化財である龍の絵天井や県指定重要文化財の円空仏も安置されています。
■本覚禅寺(本郷)
寺宝の中にはたびたびの火災で焼失したものも多くありますが、鎌倉朝創建当時の禁制札や釈迦一代記などの中世紀の仏画、笠ヶ岳を開いた播隆上人の『迦多賀嶽再興記』など、貴重なものがあります。
■禅通寺(一重ヶ根)
江戸初期、美濃国生まれの漂泊の仏僧円空は、諸国を布教行脚しながら、仏像を彫り続けました。荒彫りの中にも穏やかな微笑みをたたえる円空仏の表情は、人々の心を和ませてくれます。晩年近くなって上宝町を訪れた彼は、およそ1年禅通寺に滞在しました。ここには円空仏の歓喜天などが安置してあり、春から秋にかけて早朝に座禅会が行われています。
![]()
![]()
高山北商工会 上宝支所
〒506−1317 岐阜県高山市上宝超本郷540
TEL <0578>86−2354 FAX <0578>86−2613
URL :http://www.kamitakara-dsl.com/treasure/